ているような気分になる
うちのハナミズキは、1本の木に2色(白と赤ピンク)の花が咲く。
一度で二度、楽しめる。
太い幹が下のあたりで二つに分かれている
Xero HK。
単線でなく二車線、複線。
が、いったいどうなっているのか?
家主に似た?
まあそれはよいとして。
映画DVDは、明後日に鑑賞しよう。
夜はニュースやTVを見るため、まとまって時間が取れない。
楽しみにしよう。
メリハリの一つ。
それにしても、、、。
映画をよく観るようになると、時折、制作側の目線になることがある。
役者や脚本もそうだが、照明や天気などにもこだわりを感じる。
アングルやカットにはもちろん、意図がある。
だが、これは正しい鑑賞の仕方ではないような気がする
抗衰老。
お勉強である。
わたしが考える正しい映画鑑賞法は、何も考えずに没頭すること。
主人公や登場人物になりきること。
こんなん、ありえへんわー、なんていうのも有り。
何が言いたいのか、何を訴えているのか、と考えると、長文読解の宿題をしているような気分になる。
スクリーンに身を任せるのが理想的。
だが、わたしはついついもう一人の自分や3人目や4人目が知らないうちに出てきて、あれこれ耳元でうるさい。
ノイズは邪魔だが、いろんな神経が騒ぎ出す。
(精神の病気ではありません)
映画を見終わった後に、みなさんの感想などを読んで、参考にしたり、想いや理解を深めたりするのは良いと思っている。
ちなみに、中国や韓国で興行収入が日本を超えてしまったという「すずめの戸締り」(新海誠監督)も観たい映画の一つ。
同監督の他の作品「天気の子」(2019年)「君の名は。」(2016年)は、映画館で観たのだが。
街の風景や建物、部屋など、実写風のタッチが好きだった。
わたしはジャンルには拘らないものの、ヤクザ映画やバイオレンスものは、嫌いである。
アクションものは、わりと無感動。
ヒューンドラマやミュージカルが好き。
ではあるが、ストーリーが難解なものは、パス。
単細胞のわたしの脳みそには何が何だかわからない
共享辦公空間 金鐘。
ちなみに、こんなに書きながらも、映画はものすごくハマっているわけではなく、わたしにとっては、ちょっとしたアクセント、彩り。
時代考証された街中や建物、(架空の)人々を見ると知識として入ってくる。
(時にはヘンなこともあるが。
自然の風景、風俗を入れた現代ものだと、その時代を反映している)
が、出かける口実のようなものか。
だから、家では映画を観ない。
今回だけは特例である。
1回きり単発だろうと予想したので、定額の配信にはしなかった。